「おぉー、来てくれたか。悪いな急に呼び出して」
「ちょっと今日はどうしても外せない用事があるんですからね。手短にお願いしますよ」

放課後の教室。
担任の教師に呼び出された一人の男子生徒が入室してくる。

「まぁまぁ、とりあえずそこ座っちゃって」
「はぁ」

即されるままに教卓の前に用意された席に座る男子。
ちょうど担任と向かい合わせになる形だ。

「……で、何すか一体? 校内放送で呼び出すなんて。俺、何かしましたか?」
「いやまぁ……何かしたと言うか、何かするのを防ごうと言うことだな」
「ハイ?」

そう言って、おもむろに一枚の紙を取り出す担任。

「それは……?」
「昼のHRの時にやった、進路希望調査票。これについてちょっと真意を問うておきたくてな」
「真意、ですか」
「あぁ。まぁ2年次の調査だし、進学か就職か程度で出してもらって構わなかったんだが、えらく具体的に書いてくれたからねぇ」
「まぁ俺の場合、夢は固まってますし」
「……で、そのお前の夢についてなんだがな……」

ゲフンと一回咳払いをして、担任はこう続けた。


「……『就職希望・幼稚園バスの運転手』って、これ本気なのか?」








僕の夢








「何言ってんすか、本気に決まってるじゃないですか!!」
「あ……うん……、お前は冗談でこう言うこと書かない奴だってことはよーく分かってる」
「だから本気ですってば」
「いや、本気だったら余計マズイよなぁ……」
「どこがですかっ!!」

ガタンと音を立てて立ち上がる男子。
担任は今にも掴みかからんと言う勢いに思わずたじろぐものの、すぐに冷静さを取り戻す。

「まぁまぁ落ち着いて。……とりあえず、何で幼稚園バスの運転手になりたいと思ったのか、その理由を聞かせてくれないかね?」
「もちろん、幼稚園バスが好きだからです。ホント小さい頃からの憧れで、大きくなったら俺も運転してみたいなァーと思ってたんですよ」
「……バスを?」
「幼稚園バスをです」
「……普通の都バスとかじゃダメなのか?」
「もちろん。俺が乗りたいのは、幼稚園バスです!!」
「……」

頭を抱える担任。

「……その、何だ……、そこに、いわゆるやましい気持ちとかは無いのか?」
「やましい気持ち?」
「あ、あぁ……、まぁ俗に言う幼児性愛と言うかロリコンと言うか……」
「そんな目で先生は俺のことを見てたんですか!? ふざけないで下さいよ!!」
「おお、落ち着け落ち着け!! 悪かった、先生が悪かったからさ!!」

取り乱す男子を慌ててなだめる担任。

「フゥ……フゥ……、俺はそんなんじゃないですよ……」
「す……すまなかったな、幼稚園バスってことで、先生ちょっと誤解してしまったんだ」
「……分かってもらえたのならいいです」
「嫌な思いさせてすまなかったな。……だがな、ちょっとコレでは都合が悪いんだよ」
「え?」
「いやな、この進路希望の紙、進路課に提出して会議することになってて」
「……それだと何か問題でも?」
「先生はこうして直接話聞いたから理解してやれるけど、他の先生方がこの幼稚園バスと言うのを見たら絶対誤解されるから」
「そこは先生が事実を伝えてくださいよ」
「いや……どうしても本人の口からじゃないと納得できないだろうし」
「そ、そうですか?」
「あぁ、残念ながら。なので、悪いが別のことを書いてくれないかな」
「……自分の夢にウソをつけって言うことですか?」
「い、いや決してそういう訳ではないんだが。便宜上な、便宜上」
「……大人って勝手ですね」
「ま、まぁそう言うなよ。とりあえず第二希望の夢を書くとか、単に就職希望に丸つけるだけでいいから」

そう言って担任は、真新しい進路希望の紙を男子に手渡す。

「今からちゃちゃっと書いちゃってよ、な」
「……分かりました」




それとボールペンを受け取った男子は、サラサラと記入を始めていた。
待つこと約10秒。

「できました」
「すまんねぇ手間取らせて。で、なになに……」

渡された新しい進路希望の紙を読む担任だが、

「……『小児科医』って」
「何か問題でも?」
「……いや、ある意味幼稚園バスよりマズイと思うぞ。……とりあえず聞くが、理由は?」
「俺、子供の頃病弱でしょっちゅう小児科にかかってたんですよ。そこの先生がとってもいい人で、俺、その人に憧れてまして」
「……内科医とかじゃダメか?」
「ダメです。俺がなりたいのは小児科医です」
「お前やっぱりロリ…」
「ひ、酷い、またそんな目で俺を見るんですか!? いい加減にしてくださいよ!!」
「わ、悪かったから落ち着けってば!!」

再び暴れだす男子を止める担任。

「フゥ……フゥ……、だから違うって言ってるじゃないですか」
「あ、あぁ……すまなかった。でも一つ聞いてくれ。これだとさっきよりも盛大に誤解を受けるから」
「……そうですか?」
「あぁ。それに高卒でいきなり医者になれる訳ないだろ。この場合は進学希望で医学部と書いてもらわないと」
「……確かにそうですね」
「分かってくれたのならいいんだが。じゃ、これ新しい紙。もう一回書き直してくれ」
「あ、ハイ」

再び用紙を受け取る男子。

「あ、第3希望の夢を書いてもいいですか?」
「……まぁ構わんが」
「分かりましたー」




カリカリとボールペンの走る音が教室に響く。
そして約10秒後。

「できましたー」
「ん、あぁ……。では拝見と」

表を向け、書いてある内容を確認する担任だったが、

「……『NHK教育テレビ・おかあさんといっしょの歌のお兄さん』」
「ハイッ!!」
「……ものすごく爽やかに答えるな。で、理由は?」
「さっき言った小児科医とほぼ同じで、憧れですよ。子供の頃からあの人は僕のヒーローですから!!」
「……お前、歌とか上手かったっけ?」
「上手い下手と言うよりは情熱ですよ。子供達の為に喉をからしてでも歌うと言うその姿勢が大事なのですよ」
「アレそんな声からすものじゃないような……」
「……何なんですか、俺が出すもの出すものことごとく否定って」
「いや……再度聞くけど、お前、ロリコンじゃないよな?」
「ちちち違うって言ってるじゃないですかァー!!! うあぁー!!!」
「あーあー分かったから落ち着け、とりあえず座れ」

もう半ば恒例となった、暴れだす男子を止める担任の行為。
席に着いた男子だが、まだ息が上がっている。

「フゥ……フゥ……、大人はみんなそうやって上辺だけ見て判断しやがるんだ……」
「すまん、すまなかった。……にしてもお前の反応、過激すぎやしないか?」
「何ですか、誰だって変態扱いされたらキレるでしょ。先生だって嫌ですよね、いきなり『お前露出狂だろ』とか根拠もなく言われたら」
「ま、まぁその例えがいいのか悪いのかは別にして、そりゃ嫌だけどなぁ……」
「そういうことです」
「……」

もう今日何度目か分からないが、頭を抱え込む担任。

「……でもな、やっぱり誤解されるんだよコレは。基本的に教員達って頭が固いからな」
「そんな……」
「だからな、新しい紙にもう具体的な事は書かなくていいから、就職希望に丸つけるだけしてくれないか?」
「……分かりましたよ」




しぶしぶ3枚目の紙を受け取る男子。
そして今度は手早く丸をつけ、担任に提出してきた。

「……うん、手間かけさせて悪いな」
「ホントそうですよ」
「悪い悪い。で、話は変わるんだが、お前、進学する気は無いのか? さっき医学部に行きたいみたいなことも言ってたけど」
「進学ですかぁ……、興味ないですね」
「そうか? いや、高卒就職もなかなか厳しいと思うが。それに今から勉強すれば、まだまだ伸びる可能性はあるんだからさ」
「いや、でもやっぱり大学や専門学校には興味ないですね。ま、小学校進学なら興味あるんですけど」
「ゴフッ!!!」

衝撃告白に思わずむせ返る担任。

「しょ、小学校ってお前……」
「だって大学とかだと周りの人間がみんな同年代とか年上の大人じゃないですか。小学校に行けるんだったら、周りはみんな自分よりちっちゃい子だし、いいかなぁ〜って思って」
「……お前絶対ロリコンだろ」
「違うって言ってるじゃないですか!!」
「いーや、今回ばかりは信用ならねぇ。第一さっき自分からちっちゃい子がいいとか言ったじゃないか」
「それはそういう意味じゃないですよ!!」
「じゃあどういう意味だ?」
「それは、周りが大人たちばかりだったら勉強とかついていくのも大変じゃないですか。それがみんなちっちゃい子だと、いくらバカでも簡単についていけるんですよ。それが楽だなぁ〜って思っただけです!!」
「……」

あまりにも無茶苦茶な反論だったが、見つめる彼の目が一点の曇りもなく澄み渡っていることから、担任は半ば圧倒されるような感じで口ごもってしまう。




「もう書いたから帰っていいですよね。時間無いんですから」
「あ、あぁ……。悪かったな」
「ホントですよ、もう。何で放課後残ってまでこんな不愉快な思いをしなきゃいけないんですか、ったく……」
「……」
「それじゃ、失礼します」

そう言って席を立ち、男子は鼻息荒く教室を立ち去っていった。
残されたのは、ぼんやりと席に座ったままの担任。

「……ん?」

と、男子の立ち去った席に一枚のメモが落ちていることに気がついた。

「忘れ物か?」

おもむろにそれを拾い上げる担任。
そこに書かれていた内容は……

「……みどり保育園・16:48、3名、さくら幼稚園・17:05、1名」

定規できれいに引かれたマス目に、幼稚園名と時刻、それに人数の記載。
紙の一番上に記載されているこの票のタイトルは……『幼稚園バス到着時刻表』

「……どうしよう、俺」

彼のクロを確信した担任は、更に深く頭を抱え込むのであった。