「ギャハハハハハ!!」
 8畳の比較的広い部屋の中に、川村耕介の馬鹿笑いが響き渡る。
「な、なんだよ」
「いや、おまえ……カァー! 腹いてぇ〜!」
「……そんなに俺、変か?」
隣にいる川村妹に聞いてみた。
「そんなことないって! むしろ直行さん、似合いすぎてるくらいだもん」
「に、似合ってる?」
「うんっ! お兄ちゃんはどう思ってるか知らないけど、少なくともあたしは似合ってると思う。遠目から見たら絶対男だってわかんないよ」
「それ、嬉しいんだか悲しいんだか……」
 とても嬉し楽しそうな笑顔で俺を……正確には俺の格好を見る、川村妹こと川村あずさ。己が姿を褒められて何とも言えない複雑な心境。目の前では相変わらず、耕介の奴が笑い転げている。

 え? 何が楽しくて、この目の前の友人はのた打ち回っているかって?
 それは俺、土居直行が金魚柄のなんともぷりちーな女物の浴衣を着せられているからなのですよ。




浴衣で行こうっ!!




「クフフッ、直行、お前女装の素質があるぞ、マジで」
「いや……そんな素質いらねぇ。それに半笑いで言うなよ……」
先程からずっと笑い転げっぱなしの耕介。
「直行さん、元々小柄だからひょっとしたらなーって思ってたけど、まさか本当に着れるなんてビックリだよ」
「俺だって別に着たくて着てるんじゃないって」
「えー、その割には何かどことなく嬉しそうですよ〜?」
「……兄妹そろって俺をいぢめるか、川村の家は」
 まぁ、現状浴衣を着てしまっている俺が何を言っても説得力はないのだが。


 まずは何故、俺、土居直行がこんなぷりちーな浴衣を着ているのか。そこに至る経緯を説明しなければなるまい。
 高校が夏休みに入ってすぐのこの日、俺は友人の川村耕介の家に遊びにやってきた。目的は……まぁ特になく、本当にただ遊びに来ただけ。
 ピンポーン、家のチャイムを鳴らす。
「はーい。どちらさまっ……て、あ、直行さん」
「あ、あずさちゃん?」
 俺を出迎えてくれたのは、何故か浴衣姿のあずさちゃんだった。

「じゃあ、来週の夏祭りに着て行く浴衣を選んでたんだ」
 耕介の部屋は洋間の八畳と、一般家庭の子供部屋の相場から見ればちょっと広い。何でも親御さんが会社でそれなりの地位にいて、割かし裕福な生活を送っているらしいのだが、人の家の経済状態なんざ対して興味も無いので詳しくは知らない。そりゃまぁ羨ましいとは思うけど。
 外では蝉がやかましく鳴きじゃくっているが、クーラーのよく効いた室内にいる限りは快適。そこにTシャツにジーパンの俺、同じくTシャツに短パンの耕介、濃紺地に青い円形の模様が散りばめられた浴衣を着たあずさちゃんが駄弁っている。
「うん。帯結んで貰うのをお兄ちゃんに手伝ってもらってたりしてて」
「……なぁ耕介、お前、全国の妹渇望者の敵な」
「何だそれ」
 ベッドに寝転がってマンガ雑誌を眺めているむさ苦しいこの男が、俺の友人、川村耕介。目の前にいる可愛らしい妹のあずさちゃんとは、全く似ても似つかない体育会系の男だ。
「しかし耕介、妹さんがこんな浴衣着てて心配じゃないのか?」
「心配って何が?」
「いや、こんな可愛らしい格好で祭りなんて行ってみ? ナンパの嵐じゃないか?」
「可愛いだなんて、やーだ直行さん、もうっ」
べちーん。
「イタッ! せ、せめて手加減して叩いてよ……」
 昭和のどつき漫才も真っ青なノリで突っ込みを入れるあずさちゃん。でも別に、俺もお世辞で言っている訳じゃなく、浴衣姿のあずさちゃんは相当に可愛かった。元々小柄で線が細い上に、ショートカットの黒髪が濃紺の浴衣に本当によく似合っている。
「まぁ可愛いのは俺も認めるけどさぁ、ナンパの心配とかは特にしねーな」
 寝転がったままの状態で耕介は答えた。筋骨隆々で見るからに体育会系な耕介。現に部活は野球部所属で、頭を丸刈りにしているから余計に漢(おとこ)臭さは倍増。何故この兄妹の間に血縁関係が存在するのかと言う疑問は、未だに俺の中で結論を出すに至っていない。
「し、心配しないって何でだよ?」
「んー、別にあずさに男が出来ようと子供が出来ようと、俺はそんなにわーわー言う気はないの」
「いや、子供は出来たらマズイだろ……」
「だいたい、兄は決まって妹には優しいもんだって言うよく分からん風潮が出来上がってるのがまずおかしいわけ」
「そういう意味で言ったわけじゃないけどなぁ」
「別に俺、シスコンじゃないし。妹なんて一人いりゃ十分。んな十人も二十人もいらねぇ」
「いや、それ何にも関係ないし……、しかもお前、全国に数多いるお兄ちゃん達を皆敵に回す発言だぞ、今の」
 そんな愚にもつかないやりとりをしながら、いつものようにぼけーっと駄弁る。そんな、俺が耕介の部屋にくれば常に繰り返されるいつもの光景。

 だが、この日はここから話がおかしい方向へと進み始める。
「そういや直行さ、今年の夏祭りはどうするんだ?」
「どうするって、いつものように行って適当にブラブラするんじゃないの?」
「違う違う、そうじゃ、そうじゃない。河野さん誘わないの?」
「河野さん……って、ゆかり先輩?」
自分の知った名前が出た為か、あずさちゃんも会話に加わってきた。
「そそ。直行君のぞっこんラブな、あのゆかり先輩」
「ぞっこんラブってお前……」
「否定は出来ないだろ?」
「ぐっ……」
 河野さん……、俺や耕介と同じクラスの女の子。立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花と、もう非の打ち所がないパーフェクトガールッ! ……だと俺は思っている女の子。まぁ、要するに俺が片思いしている女の子ってことです、ハイ。
「恋が生まれる夏祭りって言うじゃないか。ノリと勢いだけで誘っちまえよぉー」
「いや、ノリと勢いだけって……」
「なんなら私が手回してあげよっか?」
「い、いやいや、いいっていいって」
河野さんと同じ吹奏楽部の後輩であるあずさちゃんが、さらーっと恐ろしいことをぬかしてくれる。
「兄の親友の恋愛は、私の恋愛とも同義なのですよ。ささ、遠慮せずに」
「何、その理論……」
 あーもう、どうにかして話題を河野さんから挿げ替えないと。

「ん?」
 と、そんな俺の目にある物が飛び込んできた。
「そ、それよりあのテーブルの下に置いてある服、アレは?」
そう言って、畳まれた服のような物を指差す。
「ん? あーあれ。私の浴衣」
「え、浴衣って今着てるんじゃ?」
「これとはまた別なやつ。着ようと思って取り出したんだけど、ちょっと私にはサイズが微妙な気がするんだよね」
「ちょっと見てもいい?」
「いいよ」
 手を伸ばし、床に置かれたその浴衣を広げてみる。
「へぇー、可愛らしい柄だなー」
それは、彼女が今着ているものより若干濃い藍色の生地に、小さく金魚の柄が描かれている浴衣だった。
「でしょ? 出来ればそっちを着たいんだけど、私にはちょっと大きい気がするんだよね」
「ふーん」

 と、ここで耕介が言った何気ない一言。
「なぁ、これ、直行なら着れるんじゃねーか?」
これが、俺にとっての言わば『死の宣告』だったのだろう……

「ハイ?」
「いや、お前華奢で小柄だしさ。ひょっとしたら着れるんじゃないかと思って」
「まさかまさか、そんな訳ないって」
「うーん、確かに直行さんなら着れるかも」
「って、あずさちゃんまで!?」
「……これは実践してみるしかないな」
 そう言って、のっそりとベッドから起き上がる耕介。
「じ、実践って何さぁ!?」
「着せてみるに決まってるじゃねーか、浴衣を」
「そそそ、そんな、あずさちゃんだって嫌だよね、こんなむさい男が自分の浴衣を着るだなんて?」
「直行さんなら……問題ないです、ポッ」
「って、何頬を赤らめながら言ってるのぉー!?」
「さぁさ、本人の承諾も出たことだ。さっさと今着てる服脱ぎやがれ」
「いや、だからなんで俺が……、だぁー、引っ張るな、破れる、破れるぅ!」
「なら脱げ。裸体を曝せ」
「だから引っ張るなぁー!」
 容赦なく俺のTシャツを引っ張ってくる耕介。もう半ばやけくそに、俺は浴衣を着ることを了解していた。
「あーもう分かった、分かったって! 着たらいいんでしょ!!」

 そして着用、今に至る。


「でも、マジで着れるんだな、俺」
「それだけお前とあずさの背丈が一緒くらいだってことだな」
「……言うなよ、背の低さは正直気にしてんだからさ」
 ちなみに俺の身長は160センチ。実はあずさちゃんに負けていたりする (彼女は161センチ)
「それに直行さん結構童顔だから、よく似合ってて可愛いらしいよ。ちょっと嫉妬しちゃいます」
「それも出来れば触れて欲しくない点だよな……」
 言われた通り、どちらかと言えば俺の顔は童顔。男らしく凛とした顔立ちに憧れているので、嫉妬されてもあんまり嬉しくないなぁ……
「それで軽く化粧してカツラでも被れば、完璧女の子だな」
「そうだね。あ、実際にやってみようか?」
「……君ら、人をおもちゃにして遊ばないで」
 そんな俺の言葉も空しく、化粧小箱を持ってきた川村妹。
「……マジでやるの?」
「うん」
「即答……、でも化粧したところで、髪短いからすぐ男だって分かっちまうよ」
「それはさっき言ったように、カツラをかぶればいいって」
「いや、カツラなんてどこにもな」
「ありますよ」
「え?」
そう言ってあずさちゃんは化粧小箱の中から、化粧水と共にやや茶色がかった長い髪のカツラを取り出した。
「って、何でそんなモノ持ってるの!?」
「話の都合上、そんな細かいことはいいじゃないですか」
「話の都合上って何さぁー!?」
「あーもういちいちうるせーな。あずさ、さっさとメイクアップしてやってくれ」
「了解〜」
「ちょ、ちょっと待って、拒否権は!?」
「浴衣を着た以上、メイクもするってのは最初から決まってるんだよ」
「何そのありがた迷惑なセットメニューは!?」
「はーい直行さんじっとしててくださいねー、口紅ずれるとなかなか落ちませんよ」
「む、むぐぅ……」
 ……あーもう、ここまできたら自棄だ。なるようになれ。


「――――――」
 ポカーンとアホの子のように口を開けて固まる耕介。
「ね? 恐ろしいくらいに可愛いでしょ?」
「――――――」
「ありゃりゃ、絶句しちゃってるし」
そんな兄の様子を尻目に、あずさちゃんは俺に鏡を手渡してくれた。
「どう? 自分で見てみて」
「……いや、正直自分でも驚いてる」
鏡に映った俺の顔……いや、この場合、私の顔か?
「……似合ってる」
「でしょ〜! しかも女の私でも嫉妬する可愛さ! くぅー、妬けちゃうぅ〜!!」
「……」
 もう一度鏡を見る。浴衣を着せられ化粧までされた俺の姿は、自分で言うのもヘンな話だが、普通に可愛い女の子だった。
「直行さん、いっそのこと改名しようよっ、直子に」
「だ、誰がするかっ!」
 そんな俺の気も知らず、
「直子さん、俺と付き合ってくださいっ!!」
「だ、誰が付き合うか!!」
耕介は顔を紅くさせながら告白してきやがった。
「でも惜しいかな、声はまんま直行なんだよなぁ」
「惜しいかなって……」
「よし、病院行って声帯弄くってこい。ついでにアソコも切って」
「い、行くわけねぇだろっ!!」
そんな伊達と酔狂だけで性転換してたまるかよ……
「うん、でも直子さん、黙ってたら絶対男だってバレないよね」
「さらーっと『直子さん』と呼ばないでくれるかな、あずさちゃん」
「そうだな。夏祭りで俺の隣を歩いても普通にカップルと間違われそうだ」
何恐ろしいことをぬかすかね、この男は。
「あー、うん、それいいかもっ! 直子さん、この格好で夏祭り行こうよ!!」
「ハァ!?」
ちょっと待て、この兄妹は揃いも揃って何を……
「俺は別に構わんぞ。何か面白そうだしな」
「俺は構わなくない!!」
そんな面白さだけで決められても困るし。
「夏祭りだから高校の人間もいっぱい来てるし、そんな中で俺が女装してるってバレたら……」
「夏休み明けたら、お前学校一の有名人な」
「嫌ァー!!」
 そんな中、ふと愛しのあの方の顔が浮かぶ。
「それに万が一、河野さんにこの姿見られてみろ? 俺、屋上から飛ぶぞ?」
「大丈夫ですよ、ゆかり先輩はそんなことで人を軽蔑するような人じゃないですから」
「いや、そういう問題じゃなくてだね……」
 その後も、執拗にこの完璧な女装で夏祭りに出ることを求めてくる川村兄妹。黙っていれば絶対にバレないとのことだが、そのこと自体は悲しいかな、俺も認めざるを得ないところ。でも、一応男としてのプライドがなぁ……

「……ふぅ、そこまで嫌がるものを無理強いするわけにもいかんな」
「残念ー」
心底ガッカリと言った表情の二人。
「さすがにこの格好で人前に出るほどの度胸はないよ、俺には」
「そっか」
 本当に残念そうな耕介。コイツ、そんなに俺と歩きたかったのか?
まぁ、俺としては最低限のプライドは守り通したわけだし、万事良しと言うことで……
「残念だなぁー。その格好で行くと承諾してくれたならば、出店屋台で欲しい品々全部おごってやろうと思ってたのに」
「何っ?」
「焼そば、お好み焼き、りんご飴にジュース、あと射的にくじとかも思う存分やらせてやろうと思ってたのに」
「……そ、それ、本気で言ってるのか?」
「ん? この俺が嘘なんかつくわけねーだろ? 支払える範囲でならば、ホント何でもおごってやろうって思ってたのにな」
「う……」
「今月はちょっと懐に余裕があったのに。いやいやホント残念だなぁ〜」
「……耕介」
「ん、なんだ?」
「行くよ、行ってやるよ、この格好で!!」
 プライドで飯は食えません。と言うことで俺は、あっさりと女装で祭りに行くことを快諾。ただ、その後家に帰ってから祭りの前日まで、途方もない不安に苛まれて眠れぬ夜を過ごすことになったのだが。




 夏祭り当日。
「うん、これでよしっと」
「……」
 川村邸で以前やったように男から女に変身する俺。
「やっぱり可愛いよ、直子さん」
同じく浴衣姿のあずさちゃんに、うっとりされる。
「その直子さんってのは勘弁してくれないかなぁ」
「じゃあ公衆の面前で女装したお前に向かって『直行よぉー』とか話しかけてもいいのか?」
「……直子でいいです」

 祭りの舞台となる神社に向かう、男子一名・女子二名。……見た目は。
 浴衣の女の子二人を、Tシャツに短パンと言ういつものスタイルの耕介が先導している格好だ。
「お兄ちゃん、何か両手に花って感じだねぇ〜」
「左手のは造花だけどな」
「造花ってお前……」
造花イコールもちろん俺。
「やっぱり人、いっぱいいるねぇー」
「この花火大会、県内では一番有名だからな。ほら、テレビの取材も来てる」
 前方にテレビカメラを確認すると、そそくさと耕介の背後に隠れる俺。そんな俺達の前にも後ろにも、おそらく祭りに向かっているであろう人たちが群れを成して進んでいた。
「……耕介」
「ん?」
「極力俺に話しかけるなよ。声で絶対バレるんだから」
「分かってる分かってる。俺達の側を離れさえしなければ大丈夫だって」
「……マジで頼むぞ」
 祭りと言えば血沸き肉踊るといった人々がいるらしいが、今俺が感じているどうしようもないスリルは、そういった人のそれとどっちが強烈なんだろうな……

 神社の敷地内に入る俺達。
「……」
「何ビクビクしてんだよ」
「するなって言う方が無理。何だよこの人ごみは……」
 境内には出店を求めてか知らないが、夥しい数の人、人、人。
「浴衣の人も結構いるねー。でも直子さん、この中でも全く引けを取らない可愛さだよ」
「……嬉しいやら嬉しくないやら」
 社へ続く参道の両端には、所狭しと出店が構えてある。
「うわぁ〜! いっぱいあるぅ〜!!」
「……邪魔くさいだけだろ」
兄妹で見事に正反対なリアクションを見せてくれる二人。
「あぁ〜、このどこからともなく漂ってくるソースの焦げる匂い……」
「早速食うこと考えてるのか、お前は。太るぞ」
「大丈夫大丈夫、このために今日朝と昼のごはん抜いて来たんだから」
「涙ぐましい努力だな」
そんな微笑ましい兄妹のやり取りを邪魔する形で、俺は耕介に小声で話しかけた。
「耕介」
「ん?」
「忘れてねぇだろうな、出店の品、何でもおごってやるって話」
「あぁ、心配すんなって。欲しいものあったら何でも言ってくれ」
「言われずともそうするつもりだ」
 ざっと目の前の出店を見渡す。りんご飴に綿菓子、東京かすてらか。今は甘い物って気分じゃないしなぁ……
「あっ」
焼もろこし屋発見。みすみす見逃す手はないぞ、コイツは。
「早速だがおごって貰おうか」
「ん? 何を」
「あれ」
そう言って前方の焼もろこし屋を小さく指差す。
「焼もろこしかぁー、いいね、私も食べたいなー」
「買うのは勝手だが、無論お前は自費な」
「えぇー」
 ポケットから財布を取り出す耕介。
「じゃあとりあえず買ってくるから、二人で待ってい」

「あー、あずさちゃんだ〜」
「!?」
 聞き覚えのあるソプラノボイス。恐る恐る目線を向けてみると……
「あずさちゃんも来てたんだ〜」
「ゆ、ゆかり先輩も来てたんですね、お祭り」
 いた。今一番遇いたくなかった人が。
 河野ゆかり……しかも、ビックリするくらいに美しい浴衣姿で。
「浴衣似合ってるわよ、あずさちゃん」
「い、いや、先輩と比べられると恥ずかしいな」
 楽しげに語らっている河野さんとあずさちゃん。
『……まさか来てるとはな、河野さん』
『な、なぁ、どうしよ? どこ逃げよ?』
『……下手に動くと逆に怪しまれるぞ』
『うっ』
「それに、そっちにいるのは川村くんじゃない」
「あ、あぁ、こ、こんばんわ〜」
「こんばんわ。で……その隣にいるのは?」
 き、気付かれたぁー!!
「あー、もしかして……」
「っ!?」
し、しかもバレたか!?
「川村くんの彼女?」
「え」
「なんだー、川村くんもやるじゃない、そんな可愛い彼女捕まえるなんて」
「え、あ、あぁ。まぁ俺もやる時はやるってことよ」
「お兄ちゃん、発言が下品……」
「フフッ、でも本当に可愛い彼女さんだね」
 な、何か俺のほう覗き込んでくるよ、河野さん。
「!」
 い、今、目が合っちまった!!
サササッと耕介の後ろに隠れる俺。
「あらら、照れなくていいのに」
「ハ、ハハハハ……。こいつ、極度の恥ずかしがりやなもんで」
乾いた笑いでフォローする耕介。
「そこもまた可愛いなぁ〜」
 こ、河野さんに可愛いって言われてるぅー……。嬉しいんだけども何とも言えない複雑な心境……
「そういやゆかり先輩は一人でお祭りに?」
話題を逸らすように質問を投げかけるあずさちゃん。ナイス!
「ん、いや、ちょっと友達と一緒に来たんだけどね、はぐれちゃって」
「あらら」
と、ここで耕介がぶしつけな質問を投げかけた。
「その友達って、男?」
「ブッ!!」
思わず吹き出す。
「ん? 彼女さん、どうかした?」
「!?」
 更に耕介の背後へと隠れる。そして、わき腹に軽くパンチを打ち込んでやった。
『イテッ、な、何しやがんだよ』
『お前こそ何聞いてんだよ! そんなど真ん中ストレートな質問……』
「……お取り込み中?」
「え、あ、いや、そんなことないっすよ!」
「……ならいいけど。で、友達は中学からの親友な女の子。でも、向こうは彼氏同伴だけど。私は付き添いー」
そう言ってちょっとふくれっ面の河野さん。……激カワイイよぉ。
「そして偶然出会った川村くんも彼女同伴だしさぁ。あーあ、私だけ寂しい一人身ですよ、ぐすん」
「そんな、先輩には私がいるじゃないですかぁ〜」
「ありがとう、あずさちゃん! あなただけよ、分かってくれるのは!!」
そう言って抱き合うお二人さん。こういうノリの良さもまた堪らんのです。
「まぁ、こんな女の子同士の友情もいいんだけど、やっぱり男の子と一緒にいた方がいいんだろうけどね」
「うー、何か先輩にふられた気分〜」
「まぁまぁ。あーあ、ここで土居くんがいたら同伴役頼んだのになぁ〜」
「!?」
 い、今なんとおっしゃいました!?
「そう言えば川村くん、土居くんは一緒じゃないんだ?」
「え、あ、あぁ……」
 いるいるいる!! 出られないけどここにいる!!
 つか、俺が河野さんの同伴役!?
「き、気を使ってくれたんじゃないかな。一応俺、彼女同伴だから」
「そうだね。じゃあお祭り自体には来てるのかな?」
「多分来てるとは思うけど……」
 来てます来てます!! 出られないけど貴女の目の前に来てます!!
「んー、じゃあ探してみようっかな〜」
「!?」
 い、いかん、心臓が尋常じゃない速さで波打ってるよ。俺はここにいますって、ものすごく飛び出してぇよ。
『……直行?』
『ヤバイ、このままだと耐えられねぇ俺……』
『お、落ち着けって』
「で、でも見つけてどうするんですか?」
あずさちゃんの質問に対する彼女の答え。
「ん? 一緒に屋台とか回って花火見て、最後に私の彼氏になって〜なんて告白しちゃおうかな」
「――――――」
 限界。
 俺は耕介の腕を掴み、走りにくさ抜群の浴衣のまま、とにかく河野さんから逃げる。
「ちょ、ちょっと、なんだよ!?」
 引っ張られる耕介が抗議の声を挙げるが、そんなものに構っている暇はない。とにかく俺は、耕介の腕を引っ張ったまま無我夢中で走った。
「い、いてぇ、何なんだよ、直行!?」
 ドドドドドドドド……

「……直行?」
「あ、アハハハハ! そ、そんなことより先輩、りんご飴でも食べませんか?」
「え……うん、そうしよっか」




「ゼェゼェ……」
「ハァハァ……、テメェ、何急に走り出すんだよっ」
「ゼェ…いや、どうにもこうにも耐えられなくてな……、あのままじゃ俺、河野さんの前に『呼ばれて飛び出て土居ですよ〜』って飛び出してた……」
「ならそうすりゃよかったのに」
「……耕介、俺に死ねと言ってるようなもんだろ、それ」
 参道から少し離れた社側の広場。気がつけばこんな所にたどり着いていた。
「飛び出せる格好だったら飛び出してるって」
「それはそうと、何で俺も一緒に引っ張ってきたんだよ」
「俺一人、この格好で野放しになれと?」
野放しの用法を微妙に間違っている気がするが、とにかく今の姿で一人でうろつくのは嫌だ。危険すぎる。
「それに、そもそも今日は屋台の品をおごって貰うために来たんだし」
「チッ、忘れろ」
「浴衣着ている以上、意地でも覚えておいてやる」
そのくらいの見返りはないと、好き好んで今の格好しているわけじゃないし……

「お、川村じゃーん」
「え?」
 声のする方を二人同時に振り向く。そこには見覚えのある男の顔が二人ほど。
「お、お前らも来てたのか……」
 そこにいたのは、耕介と同じ野球部の部員達。
「川村こそ。来てたのなら連絡くらい寄こせよなー」
「ハ、ハハハハ……」
先程同様に乾いた笑いをあげる耕介。
「野暮なこと言ってんじゃねーよ山田。よく見てみろ、川村、デートの真っ最中じゃん」
「あ」
 連れに指摘されて、俺の存在に気付きやがった野球部員山田。
「おぉ!? テメェ彼女連れか!?」
「あ、いや……」
「クソォー、田中もマネージャーとくっついちまった今、お前だけはと信じてたのに!!」
 ちなみにもう一人の野球部員が、女子マネージャーをゲットしたという田中くん。山田くんの発言に、「青いな」と不敵な笑みを浮かべているように見えた。
 つか俺、やっぱりバレてないんだ。
「い、いやいや落ち着け山田。残念ながら彼女じゃない」
 え?
「前に言ってただろ、うちの妹だよ」
 な、何言い出してんだ耕介? 見てみろ、お二人さん余計に驚いてるし……
「な、なにぃ、彼女がお前の妹ぉー!?」
「まぁな」
まぁなって……どういうつもりだ?
「と言うわけで、あずさ、ちょっと来い」
そう言って俺を引っ張る耕介。
『お、おい、どういうことだよ』
『……ちょっと向こうで』


「……で、何で俺があずさちゃんなんだよ」
 広場の更に奥へと移動してきた俺達。先程の二人はきょとんとした顔でこちらを見つめている。
「いや、ここで俺が彼女いるなんて言ったら後々面倒だろ?」
「うわっ、自分勝手……、でもさっき、河野さんの前で彼女だって言ったじゃないか」
「河野さんは構わん、噂の発信源になるような人じゃないからな」
「……まぁ、そりゃそうだけど」
 確かに、同じ部活の人間に知れたのとではわけが違うことは分かる。
「それで妹だって嘘ついたわけだ」
「河野さんに言った恋人だってのも嘘だけどな」
「まぁそんなことは置いといて、直行、悪いがここからは単独行動してくれ」
「はぁ!?」
「それがお前のためでもあるんだ」
「な、急に何言い出すんだよ?」
「いや、あいつらのことだ。どうせ4人で行動しようぜーとか言い出すぞ、絶対」
「……確かに」
「そんなことになってみろ? お前が直行だってバレる確率は一人でいる時よりも高くなるぞ」
「……」
「それに山田が危険だ」
「えっ?」
「奴の目を見てみろ」
 言われたとおり、向こうの二人の様子を伺ってみると……
「うおっ!?」
「な。あの目は確実にお前を狙っている」
うわぁ……むちゃくちゃギラギラした目でこっち見てるよ。
「今の山田は飢えた狼だ。そんな奴と一緒に動いてみろ」
「……」
 確実に、バレる。
「なおかつ男だと分かっても襲われるかも知れん」
「え、えぇぇ!?」
そこまで飢えてるんですか、山田くん。
「と言うわけで、悪いがここからは単独行動してくれ」
「……その方がよさそうだな」
こうなってしまった以上、仕方ない。
「じゃあ、また後でなー」
そう言って耕介は、俺を残したまま二人の元へと戻っていった。


 やがて耕介を含めた三人がどこかに行って後ろ姿も見えなくなった時。
「あ、何でもおごってやるって」
 ……逃げられた。
 だが、気付いた時には既に遅し。
「俺、何のために女装して来てるんだよ……」




 自販機で買ってきたジュースを片手に、社へと続く階段の隅っこに座る。ここなら人通りも少ないので、参道をうろつくよりはバレるリスクは低いだろう。
「……こうなったら意地でも耕介におごらせてやる」
ちょっと時間を置いてから、携帯使って呼び出してやろう。
「ふぅー」
 缶ジュースを飲み干し、大きく息をついた。
 しかし、ここから見る限りでも結構な数の人が祭りに来ているのが分かる。行き交う浴衣姿の女性たちを見ながら、果たしてこの中に俺と同じく女装した男はいるのだろうか、そんなどうしようもないことを考えていたその時。
「!!」
向こうから見知った女性二人組がやってくるじゃありませんか。見知った女性……、あずさちゃんに河野さん。
「ヤベェ!」
 俺は慌てて二人の視界から隠れるよう、社の影へと逃げ込んだ。


「あ、先輩、あそこ座れますよ」
「うん、ちょっと歩き疲れたもんね」
 二人はさっきまで俺が座っていた階段に腰を下ろした。
 つか近っ。二人の会話が鮮明に聞き取れるよ。
「じゃあ本当はもう一人来る予定だったんですか」
「うん。でも同窓会があるからってそっち行っちゃったけどね」
 悪いなとは思いつつも、ついつい二人の会話に聞き耳を立ててしまう俺。
「で、さっきの話だけど」
「あうぅ、もういいじゃないですかぁ〜」
ん? 何かあずさちゃんがやたら赤面しているが……
「そっか、あずさちゃんも恋するお年頃なんだねぇ〜」
「はぅぅ……」
 あずさちゃんの恋愛話? これは聞かないわけにはいかんでしょう。
「同じクラスの人だっけ」
「はい……、でもさっきも言ったように、向こうには全然そんな気は無さそうで」
「なら、いっそこっちから告白しちゃえば?」
「そ、そんな軽々しく言いますけど、そう簡単にはいきませんよ」
「ま、そうだよねぇ」
「?」
少し寂しそうにつぶやく河野さん。
「まぁ、私だって人のこと言えた義理じゃないんだけどね」
「えっ? と言うことはゆかり先輩にも好きな人が?」
 な、なにぃ、河野さんの恋愛話ィー!? き、聞きたいような聞きたくないような……
「うん、私も実は好きな人がいるんだ」
 な、驚愕の新事実発覚!?
「でも、こちらから好きですってなかなか言い出せなくって」
「先輩でも臆病になることってあるんですね」
「うん。やっぱり悪い結果を想像しちゃうと、ね」
「そっかぁ……」
 ぐぅぅぅぅぅー
「ん?」
「あ、あうぅ……」
 あずさちゃんがまた真っ赤な顔をしている。
「お腹、空いてるの?」
「……お恥ずかしながら」
 さっきの音、お腹の鳴る音だったんだ。ここまで聞こえてきたぞ。どれだけ飢えているんだ、彼女。
「ちょっと何か食べ物買ってきますね。先輩も何か食べます?」
「あ、私はいいや。そんなにお腹空いてないし」
「そうですか。じゃあちょっと待ってて下さいね」
そう言ってあずさちゃんは参道の方へ走り去っていった。


 一人残った河野さん、それを社の影から見つめる俺。
 好きな人いるんだ……河野さん。俺もいずれ告白しようとは思っていたけど、これは格段と厳しくなったな。河野さんに好かれているど畜生はどこのどいつ……
「ねぇねぇキミ、何してんの?」
「!?」
話しかけられたのかと思い、慌てて後ろを振り返るが誰もいない。
「一人でどうしたのさ、つまんなさそうに」
 違う、俺に話しかけているんじゃない。
 階段の方に目をやると……河野さんが数人の男たちに取り囲まれていた。
「なぁ、俺達と一緒に遊びに行こうぜ?」
「もうすぐ花火も始まるしさぁ」
 河野さんを取り囲んでいる男どもは、金髪・無精ヒゲ・ピアスといった典型的な今時の若いもんはと言われる類の人種。そいつらに囲まれてしまっている河野さん、その姿はここからだとよく見えない。
「い、いえ、友達を待ってるんで……」
ただ、すっかり怯えきった弱々しい声は聞こえてきた。
「まぁそう言わずにさぁー」
「友人を一人置いて行っちまう奴なんかほっとこ。その点、俺たちゃ優しいぜぇ〜?」
優しいぜぇ〜とか言う奴が、そんな舌なめずりするかよ……
「で、でも……」
「いいじゃんいいじゃん、俺達と行こうぜぇ〜」
「悪いようにはしないからさ」
「キャッ!!」
 男の一人が河野さんの腕を握って無理矢理立ち上がらせている。
 それを見た瞬間、俺の中の何かが弾けた。

「ちょっと待てやテメェら!!」
「あん!?」
 一斉にこちらを振り向く男達。が。
「え」
 皆、俺の姿を見て固まっていた。
「あなた、川村くんの……」
 無論、河野さんにも見られてしまっている。だけどもう、そんなことはどうでもよかった。
「嫌がってる人間を無理矢理連れて行こうとしてるんじゃねぇよ!!」
「な、なぁ……こいつ……」
「男……だよな?」
明らかに困惑した表情を見せる相手方。
「あぁそうさ、男だよ、俺は」
 そう言って、何をとち狂ったか俺は、着けていたカツラを剥ぎ取っていた。
「えっ……?」
完全に気付かれたな、こりゃ。
「悪かったな、男のくせしてこんな格好してて!!」
俺は、耕介に逃げられた鬱憤も混めてチンピラどもに向かって叫んでいた。
「文句があるならかかって来いやぁ!!」
「……なぁ、こいつヤバイぜ?」
「あ、あぁ……変に関わらない方がいいな」
「そうだな、気持ち悪っ」
 口々にキモイキモイと言いながら、男どもはそそくさと参道の方へ退散して行った。

 そして、後に残るは俺と……
「……土居くん、だよね?」
「……」
 無言で頷く。
 右手に握られた長髪のカツラ。ナチュラルメイクで仕立て上げられた顔。そして、恐ろしいまでに似合っている女物の可愛らしい浴衣。そんな格好の土居直行が、彼女の前に立っている。
「え、えーと……」
 そりゃ言葉にも詰まるよな。こんな変態を目の前にしたら。
「大丈夫だった?」
「えっ?」
「いや、さっきナンパ野郎に絡まれてたし」
「あ、うん……だ、大丈夫だよ……」
「……」
兎にも角にも、まずは説明しないとな……
「……ちょっと話、いいかな?」




 社の裏手は、広い空き地になっていた。業者の車や屋台用のテント資材などが雑然と置いてあり、どうやら関係者の駐車場兼物置スペースになっているようだ。
 幸い他に誰もいないようなので、適当にその辺に置いてあったパイプ椅子を二つ引っ張り出し、俺達二人は腰掛けていた。
「じゃあ、その浴衣はあずさちゃんのなんだ」
「……そういうことです、ハイ」
 俺はここに至る経緯を彼女に対して事細かに説明した。土居直行変態説を何としても覆すために。
「でも、さっきから言ってるようにこれは不可抗力によるもので、決して俺にこういう趣味があるわけじゃなくて……」
そう、要は弁明の場だ。
「大丈夫。だいたいどういうことかは分かったから」
「ホントに!?」
「うん。でも仮に土居くんにそんな趣味があったとしても、私、土居くんを軽蔑したりとかしないから安心して?」
「いや、だからそんな趣味じゃなくて……」
「フフフッ、冗談だって」
いたずらめいた笑みを浮かべる河野さん。
「まぁ、川村くんの思いつきそうなことだよね」
「そう、全てアイツが悪いんです! 俺は被害者なんです!」
「でも、おごりの言葉に釣られちゃったのは土居くんの責任だよね?」
「ふぐっ……」
 おっしゃる通りでございます。
「でも、助けてくれてありがとうね」
「あ、さっきの……」
「私、一人で怖くてさ……。土居くんが来てくれた時は本当に嬉しかった。あ、最初は土居くんだって分からなかったけど」
「う、うん、どういたしまして……」
こう、面と向かってお礼の言葉を言われると、どうにも気恥ずかしいものがある。
「まぁ……助けたと言っても何にもしてないんだけどね。向こうが勝手にキモイって逃げてっただけだし」
「ア、アハハハ……」
どう答えたらよいものか、困ったように苦笑いの河野さん。
「で、でも、本当に似合ってるよね。土居くんの格好」
「……今キモイとか言う話をした時点で褒められても」
「それでも可愛いものは可愛いんだもん。ちょっと妬けちゃうなぁー」
「そんなことないって! 河野さんを俺の狂気の沙汰なんかと比べちゃダメだって!」
「狂気の沙汰って……」
「そうそう、河野さんの方がよっぽど可愛いんだから……あ」
 口に出してから気が付いたが、何言ってんだ、俺。心では思っていても、面と向かって本人に『可愛い』とか今まで言ったことなかったし。顔紅くなってきた……
「あ、ありがとうね……」
 一方、河野さんも河野さんで何故か赤面しているし。ヤバイ、その仕草が更に可愛い。
 そんな微妙な雰囲気で二人の会話が途切れた、その時。

 ヒュルルルルルルル……バーン!

「あ」
 花火。漆黒の夜空に輝く火花がきらきらと散ってゆく。
「もうそんな時間か……」
そう言っている間にも、何発もの花火が打ち上がる音がこちらまで聞こえてくる。
「ここからじゃよく見えないなぁ」
 でも、この空き地は周囲をうっそうと茂る林に囲まれており、花火の様子がよく見えない。だから今の時間は人っ子一人いないんだな。
「うん、上半分くらいしか見えないね」
 バーンバーン、バラララララ……
 どんどん打ち上がってゆく花火。その度に林の向こうからは歓声が挙がっていた。
「向こうに行ったら見えるんだろうなぁー」
 確か社を右に抜けて行けば、林の向こう側に出られたはず……
「……河野さん」
「ん?」
「ここからじゃ花火見えにくいでしょ。えっと……俺、よく見える場所知ってるから、そっちに行かない?」
 思い切って誘ってみた。どうしようもない格好をしているけど、そんなことはもうお構いなく。
「ここを右に行けば林の向こう側に出られるんだ。そこならもっとキレイに花火が見れると思うけど」
「あ、うん……」
 だが、彼女の口から帰ってきた答えは、
「ありがとう。でも、私はいいよ」
拒絶の言葉。
「そ……そっか」
 そりゃそうだよな。誰が好き好んでこんな女装野郎なんかと一緒に花火を見に行こうなんて思うか。
 この恋、終わったな。

 そう思った矢先。
「私は、ここで二人っきりで構わないよ」
「えっ」
 彼女の口から出た言葉に己が耳を疑う。二人っきりで構わないって……
「河野さん……?」
「花火なんか別に見えなくてもいいよ。こうして土居くんと一緒なら、別に……」
「……」

『でも、こちらから好きですってなかなか言い出せなくってね……』

 ……単なる勘違いでも構わないか。ついさっき終わったと確信した恋だ。ここで玉砕しても悔いは無い。
 勘違いじゃないとしたら、なおさら俺の方から言い出さないとな。彼女がなかなか言い出せなかった言葉を。

「河野さん」
「……ん?」
「俺……、河野さんが好きです」
「……」
「こんな女装した状態で言うのもおかしな話だけど……、付き合って、くれませんか」
 我ながら不器用な言葉だと思う。無骨過ぎると言うか何と言うか。でも、これが俺の今まで言い出せなかった言葉。
 ひときわ大きな花火と共に、彼女から返ってきた答えは……


 唇への優しい口付けだった。




 終




 後日談。
「直子さん、俺と付き合ってください」
「だぁー!! もうそのネタはいいって!!」
 休日の川村邸。先日の祭りの時同様、俺は川村兄妹に女装させられていた。しかも今度は高校の女子制服……
「ほーら、私が見込んだだけのことはあるわ」
「さすが先輩、お目が高いっ!」
「……」
 ただ、先日と異なるのは、この場に河野さんの姿があることだ。今俺が着ているこの制服、実は彼女のものだったりするのですよ。
「よし直行、お前始業式の日にその格好で登校しろ」
「し、死んでもするか!!」
「えー、直行くんの可愛い姿、私も学校で見たいなぁ〜」
「ゆかりちゃんまで……」
 あの祭りの日以来、彼女さん、いたく俺の女装がお気に入りになってしまい、こうして度々着せられてしまっている。恋人になれたはいいものの、また新たな問題がなぁ……

「私はね、女装した直行くんに惚れたんだからね?」
「そ、そんなぁ〜」
「フフフッ、冗談だよ。好きになったのは全部ひっくるめた直行くん」
「あ……うん、ど、どうも」
「でも、もちろんその中には女装した姿も含まれるんだよ。と言うことで今度は冬服着てみよー!」
「いや、夏服だけでもう十分でしょ……」
「わざわざクリーニングしてない物を持ってきたのになぁ〜」
「着ます、着させていただきます!!」
「フフッ、そんなすごく分かりやすいところも好きかな」

「貴様ら、人の家に惚気に来てるのか」
「あーあ、私も告白しちゃおっかなー」
 それでもこんな具合に、俺達はうまくやっています。
 まぁ、これをうまくと言ってしまっていいのかは疑問が残りはするが。