続・ももたろう 〜約一回目のプロポーズ〜
桃から生まれたももたろうは鬼どもを一掃し、金目の物を根こそぎ奪い、帰郷後は贅を尽した暮らしを送っていたとさ(エピソード1)
ある日のこと、いつものようにももたろうの屋敷で酒池肉林の大宴会が開かれていると、一匹の猿がやってきた。
「私、ももたろう様のお供をした猿の恋猿(恋人の意)でございます。あの方はいらっしゃいますか?」
応対したじさまは、その猿を屋敷へと招き入れた。
その猿は宴真っ盛りの中、ももたろうの僕の猿を発見するなり絶叫した。
「ジョニー!!!」
その声に、猿は応えた。
「リンダー!!!」
そして二匹は抱き合い、号泣した。
「ジョニー、ジョニー、探したわ…、あなた、よくやったわ……」
「リンダ、よくここまで来てくれた…、さあ、君も飲んでくれ」
こうしてリンダも加わり、酒盛りは続いた。
しばらくして、一匹の犬(セントバーナード)がやってきた。
「私、ここにいる犬に用がありまして来たのです。中に入れなさい」
その犬はじさまの了承も得ずに、ずけずけと屋敷の中へ入ってきた。そして僕の犬を発見するなり叫んだ。
「あんた!! しばらく帰ってこないと思ったら、こんなところで飲み呆けて……」
「ゲェ、おセン!? いや、これには深い事情がありまして……」
「言い訳なんかどーでもええわ、私にも飲ませんかい!!!」
「……どちらさん?」
「あ、いや、こいつうちの嫁でして……」
「誰がコイツじゃ!!」
「ヒィッ!!」
こうしておセンも加わり、酒盛りは更にヒートアップしていった。
またしばらくして、一羽の雉がやってきた。
「あたくし、ここにいる雉の妻でザマス。早くだんなに会わせなさい」
その雉はまたもやじさまの了解も得ず、勝手に上がりこんできた。そして僕の雉を見つけるなり絶叫。
「シンジさん、あんたいつまで飲んでるザマスか!!」
「何だ、雉子じゃないか。君も一緒に飲もうじゃないか」
「何をふざけたことを言ってるザマスか! さっさと帰りますザマスよ!!」
「まぁまぁ、少しだけでも飲んでいきなって」
こうして雉子も加えられ、酒盛りはもはや民族紛争並みにエスカレートしていた。
ふと気付くと、ももたろうの周りはみんな夫婦か恋人同士になっていた。
ジョニーとリンダ、たけし(犬の名)とおセン、シンジと雉子、そしてじさまとばさま。
ももたろうは次第に腹立たしく、そして物悲しくなってきた。
そうこうしているうちにみんな酔っ払い、パートナー同士でベタつき始めた。ここにきてももたろうの物悲しさは頂点に達し、突然立ち上がるなり、こう叫んだ。
「オレも彼女連れてくるぜぃ!!!」
そして屋敷を飛び出し、どこかに走り去ってしまった。
しかし場の連中にはそんなことどこ吹く風、主人公の不在など一切気にされずに酒盛りは続けられた。
とは言うものの、ももたろう26歳チェリーボーイ、彼女なんてどうすればいいのかさっぱりわかりゃしない。いろいろ思案した上、とりあえず町に行ってみることにした。
町は鬼の間の手から開放され、活気に満ち溢れていた。ただ、この状況を作った町の救世主、ももたろうの評判ははっきり言って悪い。鬼の所有していた金品は本来全てこの町の住人のものだが、鬼退治の報酬だと言い張り、ももたろう一味が独占してしまったからだ。
歩いていても、意図的に町の人々が避けていく。まぁ当の本人は全くもって気にしていないから更にたちが悪いのだが。
「うーん、どうするものか……、その前に腹が減ったな」
と、そこで目に付いたのは一見の蕎麦屋。
「油物ばかり食ってたからな。蕎麦にするか」
「いらっしゃいま……せ」
店に入ってきた客の顔を見てももたろうと分かるやいなや、店主は怪訝な表情を浮かべた。実はももたろう、町でものを買ったり食べたりする際、救世主であることを口実に一切金を支払わないでいるのだ。
「親父、笊蕎麦ひとつ」
「……はいよ」
店主は不快感をあらわにしながら厨房へ下がっていく。ももたろうは席に座り、食べた後にどうするかの思案に暮れていた。
しばらくして笊蕎麦が席に運ばれてきた。
が、運んできたのは店主ではなく、若い娘。
「お待たせいたしましたぁ〜」
彼女は店主とは対照的に、笑みを浮かべながら蕎麦を置いていった。
ドキューン!!
と胸を打たれた感じ。俗に言う、ひとめぼれっつーヤツだ。去り行く彼女の後姿を見つめながら、ももたろうの意識はふわぁーりどこかへ飛んでいってしまってた。
「あぁ……あんなエエ娘がいたなんて」
もう笊蕎麦の味などどうでもよかった。
ももたろうは完全にあの娘に惚れてしまっていた。
食い終わった後もももたろうはしばらく店に居座り、せっせと接客に勤しむ彼女を視姦するかのごとく見つめて時を過ごす。そして小一時間ほどたった後、初めて金を払って店を後にしたのだった。
その日から、ももたろうの蕎麦屋通いが始まった。
毎日毎日蕎麦屋へ赴き、店にあるありとあらゆる蕎麦を食べまくる。無論目的は蕎麦にはなく、蕎麦屋の娘なのだが。
蕎麦屋としてもこれは喜ばしいことであった。今まで一銭もお勘定を払ってくれなかったももたろうが、あの日を境にきちんと払ってくれる。しかも娘には時々チップまで弾んでくれる始末。店にとってこれほどありがたい客はいない。すっかりお得意様待遇になった。
こうして毎日毎日宴会を抜け出して出かけるものだから、犬猿雉、それにじさまとばさまたちが不審に思わないわけがない。
そこで話し合いの結果、変装上手な猿のジョニーが、ももたろうの後を尾行することになった。
作戦決行の日、いつものようにももたろうがニヤつきながら宴の席をはずすと、ジョニーは早速町人に変装し、ももたろうの後をつけた。
ももたろうは町に向かい、着いたら真っ先に蕎麦屋に向かっていく。ジョニーも後に続き、ももたろうの入店から少し間を置き、店に入った。そしてももたろうの斜め後ろの席に座り、その様子を監視。と、ももたろうのところに娘が注文をとりに来た。
「あ、ももたろうさん、いらっしゃい。今日は何?」
『な、何だこの馴れ馴れしさは…』、ジョニーは違和感をおぼえていた。
「うん、天麩羅蕎麦で。それとお菊ちゃん、ちょっと話があるんだ」
「なに?」
『お、お菊ちゃんだとぉ……』、名前で呼び合う二人の様子を伺いながら、ジョニーはつい拳に力が入っていた。
「お菊ちゃん、今度の土曜日お店休みでしょ?その日、一緒に海でも行かない?」
『な……、コノヤロォ、デートかぁ!?』ジョニーの拳は震えていた。
「いいですよ、行きましょう」
「そう! じゃあ土曜の正午に五本松の所で待ってるから」
『く、くそたろうめ…』、ジョニーは店から駆け出していた。
そして急いで屋敷に戻り、先ほどまでのことを事細かに報告。その後、四夫婦特別会議が開かれ、土曜日に全員でももたろうの後をつけることが全会一致で可決された。
ももたろうが帰ってきた。心なしかアホみたいに浮かれているように見える。周りに人がいなけりゃ踊りだしてるかもしれない。これが世界を鬼の間の手から救った男の成れの果てだ。
ジョニー『こいつ、こんなに浮かれやがって……』
たけし『ジョニーの言ったことが本当なら、俺その女奪ってやる……』
シンジ『ザマス女よりも蕎麦屋の娘のほうがええし……』
じさま『もうばさまは腐っとるからのぉ……』
男たちはそれぞれ、よからぬ欲望に燃えたり萌えたりしているのであった。
その頃ももたろうは、
「日本一の黍団子をこしらえてください」
と、ばさまに頼んでいた。
「黍団子? ももたろう、どこか行くのかえ?」
デートだと分かっていながら聞き晒すばさま。
「ん、まぁちょっとね」
真実を告げることなく、はぐらかすももたろう。
「まぁいいけどね。それじゃこさえときますか」
厨房に消えていくばさま。こうして夜はふけていった。
そして土曜日。
ももたろうは鬼退治をした時の服装で家を出た。皆には『ちょっと出てくる』とだけ告げて。
それを見計らって、ジョニー・たけし・シンジ・じさまは揃って後をつけ始めた。
ちなみに女性陣は、本日ダイエーにて閉店セールがあるということで全員そちらに行ってしまい、男性陣だけで尾行することとなった。これがかえって、野郎どもの欲望を掻き立てることとなるのだが)
ももたろうが五本松の所にやってきたとき、すでにお菊ちゃんは到着していた。
物陰からその様子を伺っていた野郎どもは、きれいに着飾った彼女を見て思わず生唾を飲んだ。
『ジョニー、おめぇの情報は本当だな。ヤバイくらいにカワイイな、あの娘……』
『あぁ。ついつい恋路を邪魔してやりたくなる気持ち、分かるだろ?』
『グヘ、グヘ、グへへへ……』
『……』
横でいやらしい笑みを浮かべる3匹の獣どもを見つめながら、じさまは「鬼よりもこいつらの方がよっぽど邪悪だな」と、実は鬼さんいい奴らじゃったのかと今は亡き鬼どもに思いを馳せるのであった。
「ゴメン、お菊ちゃん。待った?」
「いや、今来たばっかり」
「そう、じゃあ行こうか」
するとお菊ちゃんは不安そうに言った。
「え、行くってどうやって?」
「フフ、ほら、アレ」
ももたろうの指差した先には、人力籠が待機している。
「ささ、乗っちゃって」
二人は籠に乗り込み、颯爽と飛び出していった。
一方、物陰の男たち。
「あのくそたろう、金に物言わせて籠なんぞ用意しやがって」
「おい、早くしねーと奴らを見失っちまうぞ!」
焦るシンジ。するとじさまはこう言った。
「フフフ、慌てるでない皆の衆。金ならこちらもたんまりとあるさ」
「すると、俺らにも人力籠か!」
じさまはジョニーに対して首を振った。
「甘いな。そんな物よりよっぽどいい物を準備させてもらったわい」
そういってじさまは口笛を吹いた。
すると、どこからともなくバッファローが二匹、こちらに向かって突進してくる。
「ギョ、ギョエー!!?」
おののく動物の雄たち。しかしじさまはそれをあざ笑うかのように言った。
「大丈夫大丈夫、こいつらはちゃんと飼い馴らされてるから」
「……まさか、それに乗れと?」
「わしとシンジが一緒に乗るから、ジョニーとたけしはそっちに乗ってくれ」
「……」
こうして野郎どもは半ば強制的にバッファローに乗せられ、籠の後を追うのであった。
十数分後、籠とバッファローは海岸へとたどり着いた。
「ヴ……」
「こんなもん、乗るもんじゃねぇ……」
振り落とされなかったのが奇跡とも言える地獄のロデオを経た野郎どもは、岩陰でグデグデになっていた。
「……おい、あいつらが籠から降りてくるで」
浜辺では、ももたろうがお菊ちゃんの手を取ってレディーファーストよろしく籠から降ろしてあげていた。
「ご苦労様、帰りもまた頼むよ」
どこかへと走り去っていく籠屋。
「あいつら動くぞ。よし、我々も……」
「じさま、どうすんだよ、このバッファロー」
「ああ、アレ」
じさまが指差した先には、鋼鉄で出来た檻が用意してあった。
「……用意がいいと言うかなんと言うか」
「ささ、とっととブチ込んで行くぞ」
野郎どもは言われたとおりバッファローを檻にブチ込んで、ももたろうの尾行を続けた。
二人は浜辺へとやってきた。
「そーれー」
「キャッ! つめたーい、ひどーいももたろうさん」
「ハハハハ、そらもっともっと」
「うー、こっちだって〜」
波打ち際で水を掛け合うその姿に、鬼どもを瞬殺した英雄の面影はどこにもなかった。
「畜生……あのくそたろうが……。あんなもんどこからどう見てもバカップルそのものやないか……」
野郎どもは岩陰からその様子を眺め、あまりの苛立ちに歯軋りしていた。しかし無理に歯軋りするもんだから、じさまの歯が不快音を立てて砕け散ってしまった。
「!!!」
ももたろうに気づかれてしまった。
「……お菊ちゃん、ちょっと待っててくれる?」
そして野郎どもの元に近づいてくるももたろう。
「おいテメェら、何してんだこんなところで?」
「え……いや……そのぉ……」
「ねぇ、その人たち誰?」
お菊ちゃんが不思議そうにももたろうに聞いてきた。
「ああ、前にも話した犬猿雉の三馬鹿トリオと死にぞこないのじさまだよ。てか待っててって言ったのに。ちょっとこいつらと話があるから」
そう言ってお菊ちゃんを砂浜へ帰し、ももたろうは野郎どもを振り返った。
「で、何なんだ? こんなところまで来て」
「……てか何だよ三馬鹿トリオって!! あの子にどういう説明してるんじゃ!!」
三馬鹿が抗議する。死にぞこない呼ばわりされたじさまは、砕け散った歯を拾うのにそれどころでなかった。
「だって馬鹿だろ? はるばるこんなところまで、どうせ俺らをつけてきたんだろ?」
「クッ……」
「これ以上つけてきたらどうなるか分かってんだろうなぁ」
「……」
「分かったな、もうついて来るなよ」
そう言い残し、ももたろうはお菊ちゃんのところへ戻っていった。
「……、あのくそたろうめ」
「よせよジョニー。あいつアレでも444人の鬼を一人で血祭りにあげた男やで」
「そうそう。三匹がかりで一匹の子鬼を泣かす程度のことしか出来ん俺らに勝ち目はないよ」
憤るジョニーをなだめるたけしとシンジ。
「じさま、大丈夫かい?」
じさまのほうに目を向けると……
「じ、じさま?」
「クククク……、死にぞこないとはよく言ってくれたもんよ……」
「どうしたんだ、じさま?」
「……」
そして突然、じさまは立ち上がった。
「ももたろう、テメェよくも育ての親を愚弄してくれやがったな!!! ただじゃすまさんぞぉ!!!」
「じ、じさま!!」
ももたろうのほうに向かって叫び狂うじさま。
「やばいよ、俺たち間違いなく殺されるよ!!」
「抑えろ!!」
動物どもは急いでじさまを押さえつける。それでも叫ぶじさま。
「テメェ、あのまま桃割るとき真っ二つにに割ってテメェの身体ごと缶詰にして琵琶湖に沈めてやりゃあよかったわ!!!」
「キャー!!」
じさまの頭を殴るジョニー。やっとじさまは喋らなくなった。
「ふぅ……、どうだ? ももたろうの方は」
「ヤバイヨ……こっち来る……」
こちらに向かってくるももたろうの姿は、鬼ヶ島で見せたそれであった。
「おい、テメェら、なんか言ったか……」
「ヒ、ヒイイ!!」
「いや、そのじさまが暴言を吐いたみたいで……、俺たちは決してそんな気など滅相もございませんよ」
「……」
砂浜にうつ伏せになって横たわっているじさまを、ももたろうは凝視していた。
「……死にぞこないめが」
「そんなにじさまも悪気があって言ったんの違うって、……たぶん腹が減ってたんだと思うよ」
「腹が減ってた?」
ジョニーを睨みつけるももたろう。
「そ、そう。腹減ったら人間理性を失うって言うやないか」
「ふーん……」
ふと自分の腰にかけてあった黍団子がももたろうの目に留まる。
「お前らも腹減ってんのか?」
「え……? まぁ減ってないこともないんですけど……」
「……仕方ないな。食えよ、黍団子」
そう言って、袋から人数分の黍団子を取り出すももたろう。
「え、でもそれってあの娘と食べる分じゃないのか?」
「だから仕方ないなって言ってんだろ? 食えよ」
黍団子を差し出すももたろうの姿は、野郎どもが初めて出逢った時のももたろうの優しい姿であった。
「「「有難き幸せ!!」」」
「まぁいいってことよ。その代わり、もう後なんか付いて来るなよ」
「「「勿論ですとも!!」」」
そう言って、ももたろうは去っていった。
「アイツ…、本当はいい奴なんだよな」
「あぁ。ナイスガイだよ」
「黍団子かぁ……、懐かしい」
三匹はそれぞれ感慨にふけっていた。
「じゃあ、食べさせてもらおうか。黍団子」
「おう!」
そして黍団子を口の中に放り込む三匹。
咀嚼した次の瞬間、三匹は砂浜に崩れ落ちた。
「な……、なんと……」
「毒……」
「毒団子……」
黍団子に仕込まれていた毒に、三匹はやられていた。
「く……くそたろうめ……」
「いや……、ももたろうに毒を仕込む暇はなかった筈だが……」
「……じゃあ、ばさまか!?」
ももたろうに黍団子作りを頼まれた人物、それはばさまだった。
「な……何故……グフッ!」
そのまま三匹は浜辺で動かなくなってしまった。
その頃ももたろうたちは、十二分に海を満喫して夕日が沈む海岸で潮風に吹かれていた。
「夕日が綺麗だね」
「うん」
「ねぇ、あれが鬼ヶ島?」
「そうだよ」
遥か沖合いには、強奪と殺戮の舞台となった鬼ヶ島が見えていた。
「ももたろうさんのおかげで、私たち今ここに居るんだ……」
「そんな、さっきの三馬鹿たちのおかげでもあるよ」
「フフフッ」
「なにかおかしい?」
「いや、三馬鹿とか言いながら、結局はみんなのこと大切なんだね」
お菊ちゃんが微笑む。風日に映える彼女の横顔を見ているうちに、ももたろうはある決心をした。
「お菊ちゃん」
「何?」
「俺……確かにみんなのことが大事だ。でも、今一番大切にしてあげたいのは、君だけだよ」
「ももたろうさん……」
「俺、君のことが好きだ、愛している。だから結婚してくれ!!」
「……」
頬を赤らめて俯くお菊ちゃん。そして一言。
「……喜んで」
そして抱き合う二人。長い、長い間お互いの温もりを確かめ合うように離れない二人。
「嬉しい……ももたろうさん……」
「……そろそろ寒くなってきたし、行こうか」
「ええ」
立ち上がる二人。
と、ももたろうの腰にかけてあった黍団子の袋が地面に落ちた。
「あ、そういやまだあったんだ」
「ん、何?」
「黍団子だよ。どう、お菊ちゃんも食べる?」
「うん」
お菊ちゃんに黍団子を渡そうとするももたろう。
だが、その手を突然飛んできた大根が跳ね飛ばした。
「!!?」
「だ、誰だ!!」
飛んできた方向を見ると、ジョニーの妻、リンダが血まみれで倒れていた。
「リンダさん!?」
あわてて傍に駆け寄るももたろう。
「どうしたんですかリンダさん!? いったい何が……」
「ももたろうさん……あの黍団子を食べてはいけません……あれは……毒……で……」
そう言ったきり、リンダはぐったりしてしまった。
「毒……?」
「キャアァァァァァァ!!」
「!!?」
お菊ちゃんの叫び声に、ももたろうは振り返った。
「お菊ちゃん!!」
そこには、二匹のバッファローに崖まで追い詰められているお菊ちゃんの姿があった。
「も……ももたろうさん……助けて」
「お菊ちゃん、動かないで!!」
ももたろうは傍に落ちていた石ころをバッファローめがけて投げつけた。
「このホルスタインども!! テメェらの相手はこの俺じゃ!!」
石が命中した方のバッファローが、ももたろうめがけて突進してきた。ももたろうはすれすれでバッファローをかわし、その首根っこに手刀を打ち込む。
「フグゥ!!」
バッファローは地響きとともにその場に崩れ落ちた。
「このぉ!!」
そしてももたろうは腰につけてあった刀を引き抜き、お菊ちゃんに迫るバッファローに投げつけた。
「フグゥ!!」
脳天に刀が命中したバッファローは、血を吹き出しながら崖から転落していった。
「ももたろうさん!!」
抱きついてくるお菊ちゃんを、その両腕で受け止めるももたろう。
「大丈夫かい?」
「ええ、……でもいったい」
「フフフフ、さすがだよももたろう」
「誰だ!?」
声のする方を睨みつけるももたろう。しかしそこには見慣れた小柄な姿があった。
「ば……ばさま?」
「そう、あんたの育ての親のばさまだよ」
じりじりとばさまが近寄ってくる。
「どうして……どうしてこんなことを? ……てかお前誰だ!!」
「ほうほう、飲み込みが早いねぇ」
不敵に笑うばさま。
「ばさまがそんなことするわけないだろ!! 正体を現せ、偽者め!!」
「フフフ、正真正銘私はばさまだよ。まぁ正確に言えば、肉体は正真正銘ばさまだな」
「なっ……」
さらに近寄ってくるばさま。
「この女の肉体を選んだのは失敗だったかな? 黍団子に毒を仕込むことは出来ても、食うところは確認しないとなぁ」
「テメェ……何者だ?」
「ハン、お前の遥か前方に見えるとこに住んでた者の生き残りだよ」
「遥か前方?」
ももたろうは前を向く。
「……テメェ、鬼か!?」
「そう、鬼の生き残りさ。今こそ復讐を果たす時よね。死んでもらおか、桃尻クンよ」
「だ、誰が桃尻じゃ!!」
ばさまに向かって飛び掛ったももたろうは、馬乗りになりちょうどマウントポジションに位置する。しかし……
「どうした?殴らんのか?それとも殴れんのかねぇ」
「くぅっ……」
ばさまを殴ることなど、ももたろうには到底出来なかった。
「ならこっちから行かせてもらうよ」
「フグゥ!!」
ばさまの体から繰り出されたとは思えないパンチが、ももたろうの腹部に食い込む。
「ももたろうさん!!」
「お……お菊ちゃん、早く逃げろ!!」
「で、でも……」
「俺はいいから!!」
「そう、アンタにゃあ逃げられたら困るんだよね」
ばさまはもう一発ももたろうの腹部に殴り込み、お菊ちゃんに飛び掛った。
「キャア!!」
「お、お菊ちゃん!!」
ばさまはお菊ちゃんの首を掴んで、崖っぷちで持ち上げていた。
「さーて、ここから手を離せば、お前の愛した女は我々の仲間のところへ行くなぁ。あいつら飢えてるだろうからな、向こうに行っても襲われること間違いなしやね」
「ンン!!」
必死にもがくお菊ちゃん。
「馬鹿な小娘だねぇ〜、もがけばその分崖から落ちる確率は高くなるのにねぇ」
「お菊ちゃん!!」
やっと起き上がったももたろうは、二人のもとへ近寄ろうとする。
「彼女が馬鹿なら彼氏はもっと馬鹿だねぇ〜、お前が近寄れば私がこの娘を落とすくらい分かるだろう?」
「くっ……」
「お前はそこで、この娘の首がじっくり絞められて青褪めていく様子をしかと眺めとくんだなぁ」
ばさまの手に力が入る。お菊ちゃんの顔色が変わってきた。
「ヤメロォ!!!」
「誰がやめますかってんだ」
「……」
ももたろうがふと視線を落とすと、足元にリンダの投げた大根が転がっていた。
「ほれほれ、愛する人が目の前で死んでいくのに、何も出来まい?」
「……いちかばちかッ!」
ももたろうはその大根をばさまめがけて、全力で蹴りつけた。
宙を飛ぶ大根は、加速しながらばさまの顔に命中する。
「フグゥ!!」
その瞬間、お菊ちゃんを掴んでいた手も離れ、彼女は崖に放り出された。
「キャアアアアア!!」
「お菊ちゃん!!」
大根を蹴った瞬間から飛び出していたももたろうだったが、果たして間に合うか……
必死で手を伸ばす。
「お菊ちゃーん!!!」
ガシッ!
ももたろうの手はギリギリのところでお菊ちゃんの腕を掴んでいた。
「クゥ!」
お菊ちゃんはまだ崖に宙ぶらりんな状態にある。と、そのすぐ横で崖の崩れる音がした。
「ヌ、ヌァア!!」
大根がぶつかり、予想以上のダメージを受けていたばさまが、崖から足を滑らし落ちていく。
「ウォオオオオ!!」
そしてその姿は白波の中に消えた。
崖の上にお菊ちゃんを引き上げ、何度も声をかけるももたろう。
「お菊ちゃん、しっかり!!」
「う……ううん……」
「お菊ちゃん!!」
意識を取り戻したお菊ちゃんを、ももたろうは抱きしめていた。
「も、ももたろうさん? え……どうなったの……?」
「……いいんだよ、お菊ちゃんが居るから」
少し先にはリンダの屍。一緒に買い物に行ったおセンに雉子も、生きていることはないだろう。
三馬鹿も毒団子を食べて息絶えたし、じさまもジョニーの一撃でおそらく……
結局残ったのは二人だけだった。
「ももたろうさん、泣いてる……?」
「え? あ、ああ。……でも一番大事なものは守れたから」
「ももたろうさん……」
そして、ももたろうはさらに強くお菊ちゃんを抱きしめた。
それがいけなかった。
「フグゥ!!」
「……へ?」
突然うめき声を上げるお菊ちゃん。強く抱きしめすぎたせいで、その背骨を折ってしまったのだ。
「お、お菊ちゃ〜〜〜ん!!!」
時既に遅し。お菊ちゃんは冷たくなっていた。
こうしてももたろうは、一日にして全てのものを失ったのであったとさ。
劇終