ユメハナビ




 12月7日、午後7時14分。空はすっかり闇に染められた頃。公園の入り口には既に10台ほど自転車が停められていた。
「誰も来てなかったらどうしようかと思ってたけど……」
どうも、そんな俺の心配は杞憂に終わってくれそうだ。
 さまざまな高校のステッカーが貼られた自転車。その車列に、俺も乗ってきた自転車を停めた。
 入り口から公園全体を見渡す。
 遊具が置いてある敷地に、野球の試合が出来る広さのグラウンドが隣接しているこの公園。すぐ側の小学校に通っていた俺たちは、毎日のように学校が終わるとここで遊び倒した。そんな懐かしさがいっぱい詰まったこの公園。
 そこに、いくつもの人影が点在している。今から5年前、市立南小学校の6年2組だった者たちが、ここに集まっていた。

「おっ、啓二じゃんか!!」
声のする方を向けば、そこには旧友の姿。
「中村ぁ〜!! 久しぶり〜」
「おぉ。お前も変わりなくやってるみたいだな」
「まぁな。相変わらず色気のない生活を送ってるよ」
「ハハッ、まぁ俺も人のこと笑えた義理じゃねぇけどな」
中村とは中学校の卒業式以来の再会。お互い別々の高校に進学し、かれこれ2年も顔を会わせていなかった。
 つい思い出話に花が咲きそうになるが、横から割り込んできた声がそれを中断させる。
「やっぱり田村も来たのかぁー」
「よぉ、小川」
割り込んできたのは、高校のクラスメイトの小川。
「オガワッチも久しぶりだなぁ〜」
その小川の肩を、親しげに中村が叩く。
「随分久しぶりに呼ばれた気がするぞ、そのあだ名で」
「だな。俺もそーとー久しぶりに聞いた」
 オガワッチというのは、小川が小学校時代に付けられていたあだ名。そんな古い呼称を耳にして俺は、何とも言えない懐かしい気分に浸っていた。
 目の前でじゃれあう小川と中村。その光景は、5年前、俺たちが小学6年生だった頃と全く変わらず……




 小6花火同窓会の話が俺の耳に入ってきたのは、つい3日前のことだった。
 夕食時に携帯ではなく自宅に電話がかかってきて、6年生の時、同じクラスだった佐伯さんから、
『3日後の夜に小学校のみんなで花火大会をやるから是非来てくれ』
という内容。何故こんな冬場に花火なんだと不審に思ったりしたが、そこが逆に興味を引かれた要因かもしれない。返事は特に求められなかったので俺は、
『とりあえず行けたら行く』
と言う曖昧な答えを返して受話器を置いた。
 翌日、俺はクラスメイトの小川に話を聞くことにした。小川は、今俺が連絡がつく唯一の小6時代の同級生だ。
 案の定、小川の元にも花火がある旨の電話がかかって来ていたらしく、俺同様に曖昧な返事を返しただけだと言う。
 で、その花火をどうするかだが、特に考えずその時の気分次第で決めようと言う結論に達していた。

 そして結局3日後の夜、2人ともここにいる。

「それにしても思いのほか人数集まったよなぁ」
グラウンドに集まった旧友達を見ながらつぶやく。
「男子は6割ほどしか来てないけど、女子の出席率はほぼ100%だしなぁー」
結局、ざっと見ただけでも20人以上の人間が集まっている。
「このクソ寒い中、よく集まったもんだわ」
「一応会費と言うか花火代って取られるんだよな」
「あー、そんなこと電話で言ってた気もする」
男子の出席率の低さは、わざわざ金取られてまで集まろうと思った奴が少ない為だろうか。
「……でさ小川、お前、みんなの顔分かるか?」
「あ、俺もそれ言おうと思ってた。女子とか……全く分からなくなってるし」
「あぁ。男はホント変わらないのになぁー」
そう言いながら男子が集まってるスペースを見やる。6人ほどいるが、一目見ただけで誰が誰だか皆分かる。そして視線を女子グループに移してみると……
「……ホント、分からないな」
「なぁ。こんな言い方したらアレだけど、うちのクラスってこんなに美女ぞろいだったか?」
「美女……っつーか、皆垢抜けたのは確かだけど」
やっぱり、高校生にもなると女の子は綺麗になるものなのだなぁーとつくづく実感させられるのであった。


「やっ」
 俺と小川、二人同時に後ろから肩を叩かれる。
「あ、えーと……」
振り返るとそこには、一人の女子がいた。この場にいるってことは、6年2組のメンバーなんだろうけど……誰だっけ?
「ひょっとして……森さん?」
「あー、小川くんは憶えててくれたんだ〜、嬉しい〜」
「森さん……って、ええっ!?」
 森さん、確かに2組のメンバーの中にそんな名前の娘はいた。だけど俺の記憶の中では、こう言ったら悪いけど、正直小太りな女の子の姿しか浮かんでこないのだが。
 で、今目の前にいるのは、見るからにスレンダーで美人といっても差し支えない女の子。
「何か信じられないーって顔してるね、田村くんは」
「えっ、いや、そんなことないって!!」
「いいよいいよ。分かんなくて当然だと思うし。何せ小学校の時からは20キロも痩せたもん」
「2、20キロぉ!?」
そりゃ分からない訳だわ。
「す、すごいな。しかしよく分かったなお前」
「ん、あぁ……ちょっとな」
言葉を濁す小川。
「?」
「ま、まぁそんなことはどうでもいいのよ。2人とも来てくれてありがとうね」
「え、あぁ……」
急にお礼なんて言われたもんだから少々気恥ずかしい。
「同窓会って、やっぱりみんなが来てくれた方が嬉しいし」
「あー、そういや今回のコレ、企画者とか幹事って誰?」
気恥ずかしさを紛らわせるためか、小川が質問を投げかける。
「幹事? 恵(けい)ちゃん。……って言っても分かんないか、佐伯さん」
「あぁ」
そういや、電話をかけてきたのが佐伯さんだったな。
「って、噂をすれば何とやら。ご本人の登場でーす」
俺達の所に、また一人の女の子がやってきた。
「えーと、小川くんに田村くん……で合ってるよね?」
俺達を交互に指差して確認を取るその娘。だが
「いや、残念ながら俺が田村」
「で、俺が小川ですよー」
見事に二人を間違えてくれた。
「ご、ごめんなさいごめんなさいっ!! ホント、久しぶりに会ったから顔とか変わってて分かんなくて」
「ハハッ、いいよ別に。って、そんなに俺達、顔変わってる?」
「うん。何て言うか、そのー……大人っぽくなった?」
「いや、疑問符付けられても」
相変わらずの天然っぷりを見せてくれるこの娘、間違いなく佐伯さんだな。

「恵ぃー、そろそろ花火始めない? もうだいたい集まった頃だしさ」
「あ、うん、そうだね」
少し離れた場所からの女子の問いかけに答える佐伯さん。
「そういや、何でこんな真冬に花火なんだ?」
俺はずっと気になってたことを聞いてみた。
「ん? それがいいんじゃなーい。真冬に花火、粋だと思わない?」
「いや、どうだか……」
昔からこの娘は何考えてるのか分からないところがあったが、それは今も健在のようで。
「それで昨日、女子のみんなで花火買いに行ったんだ〜。まぁ手持ち花火ばっかりだけど」
「さすがに夏場じゃないからロケット花火とか派手なのは買ってないよ。てか売ってなかった」
嬉々とした佐伯さんの説明に、森さんが一言付け加える。
「いや、この時期に手持ちでも売ってたんだな、花火」
「まぁ行くとこ行けばあるよ。んじゃ、早速始めよっか」
「お二人さん、男子一同呼んできてくれる?」
「あぁ、分かった」




 こうして、真冬のプチ花火大会は始まった。
 みんな色とりどりの花火を手に取り、その光を楽しんでいる。まぁ、花火そのものよりも久しぶりに再会した友人達と談笑することが楽しいのだが。中には、垢抜けて綺麗になった女子達をナンパしてる奴もいるし。なおかつ、何かうまい事行ってるし……
「……中村のヤロォ、佐伯さんといい雰囲気だよなぁ」
「ムカつくな。アイツの方向に火花飛ばしてやろう」
「よーし、じゃあ俺、ちょっと強力な花火取ってくるわ」
「おお、頼む。あ、それと、火」
「サンキュ」
 小川が投げてきた100円ライターを受け取り、俺は花火がまとめて置いてあるグラウンド中央に向かった。

「これなんかが勢い強そうだな。あれ?煙り球あるし」
手持ち式の物しか買ってないと言ってたのに、何故か紛れ込んでいる煙り球。火をつけて手榴弾感覚で投げ込んでやるのも面白いな、そんなよい子は真似しちゃダメな発想を浮かべながら花火を物色していく俺。 「……線香花火か」
煙り玉を取ろうとしたところ、偶然視界に入ったのが細々とした線香花火。
「最後はこれで締め、だな」
俺は線香花火を適当に一掴みして、ズボンのポケットに突っ込んだ。


「……ん?」
その際、遠く離れたブランコのところに誰か人がいるのに気が付いた。
「女の子?」
ブランコの側にある照明で浮かび上がるその人影は、女性のように見えた。今、この公園にいるってことは2組のメンバーだろうか……?
「一人で何してんだろう……?」
 何故だか分からないが無性にそこにいる人影が気になった俺は、小川の方ではなくブランコの方に向かって歩き出した。




 近づいていくとハッキリしたが、やはりその人影は女の子だった。ふかふかのダウンコートを着た華奢な女の子が、ブランコに一人腰掛けている。
 その目はグラウンドでワイワイやってる2組のメンバーに向いており、俺が近づいてきたことには全く気が付いてない様子だ。
 電灯の側までやってきて、彼女の顔がはっきりと見えてきた。俺は、その顔に確かな見覚えがあった。
「……西崎さん?」
「えっ!?」
慌てて俺の方を振り返る女の子。
「あー、やっぱり西崎さんだ。こんなとこにいてどしたの?もう花火始まってるけど」
「え、えっ、ええっ!!?」
 西崎夢見。彼女も6年2組の同級生。確か掃除場所が一緒で、クラスの女子の中では比較的よく話して仲が良かった娘だ。
 そんな彼女だが、何故かひどく狼狽しているように見えるが……
「えぇ!? って言われてもなぁ……、あ」
もしかして、俺のこと覚えてないのかもしれないな。だからこんなに驚いて……
「あーゴメンゴメン、俺だよ、田村。一緒に中庭の掃除とかやってたの覚えてない?」
「え……あ、田村くんだよね、それはちゃんと分かってるよ」
「そっか、それはよかった」
 忘れられていたらどうしようかと思ったが、ちゃんと覚えててくれたようだ。
 ……だったら何でこんなに驚いているんだろうか、余計分かんないな。
「あ、あの……田村くん、一つ聞いていい?」
「ん、何?」
恐る恐る西崎さんが尋ねてきた。
「えーと、な、なんで私に話しかけてきたの?」
「へ?」
突然訳の分からない質問を投げかけられ、一瞬呆気に取られる俺。
「ゴメンナサイ、別に変な意味で言ったんじゃないんだけど、って質問自体が変だけど別に変な意味とか無くてその、えと……」
何かますますうろたえてるな、西崎さん。その光景が何か可愛くてしばらく放っておこうかと思ったが、かわいそうなので普通に答えを返してあげる。
「なんでって、西崎さんが一人寂しそうにみんなの方を見てたから、気になって話しかけたんだけど」
「あ、あぁ……うん、ありがとう」
どこかぎこちなく礼を述べる彼女。何に対する礼なのかは分からないが。
「それはそうとこんなとこで何やってんの? さっきも言ったけど、もう花火始まってるぞ?」
「そ、そうだね……」
「ほらほら早く行かないと、線香花火くらいしか残んないって」
俺は西崎さんを即す。が、
「アハハ……、でも、私はいいや。ここで見てるだけで」
「え?」
彼女はこの場を動こうとはしない。
「ちょ、何言ってんだよ、今日は花火しに来たんだろ?だったら花火しないと」
「そうだね、でも私はいいよ。田村くんこそ花火やってこないと」
「いや、だから……」
 どう言っても『私はいい』の一点張りな西崎さん。彼女、こういうお祭り騒ぎ苦手な娘だったっけ……?
 ちょっと昔を思い出してみる。が、どちらかと言えば明るい女の子だったイメージしか浮かんでこない。拒む理由はどこにあるんだろ……

「たーむらくん、何やってんのよー!!」
「花火無くなっちゃうよぉー?」
グラウンドの方から、佐伯さんに森さんが俺を呼んでいる。
「ん、あー、分かったー、戻るー!!」
 そういやあの二人、西崎さんと仲良かったよな……ひょっとしたら、久しぶりの再会でなかなか声をかけられずにいるだけなのかもしれないな。
「よしっ」
「え、えぇ!? ちょちょっと、田村くん!?」
俺は西崎さんの手を握り、無理矢理立ち上がらせた。
「えっ、何!?」
「いや、みんなのとこに行くだけだよ。ほらっ」
「え、あ、ちょっとっ!?」
そのまま俺は西崎さんの手を握ったまま、グラウンドの方へ向かって駆け出した。
「だ、だから私は見てるだけでいいってぇ〜」
「大丈夫大丈夫、みんな昔と何にも変わっちゃいないから。変わってるのは見た目だけ」
 そう、単にみんな昔と比べて見た目が変わってたから、ちょっと声が掛け辛かっただけだろう。こっちがポンと軽く押してあげれば、後は万事うまくいく。
 そう確証した俺は、走る速度を若干緩めながら、西崎さんを連れて皆の下へと向かった。


 ……変わったのは見た目だけ。
 そう言えば俺、何で西崎さんの顔が一発で分かったんだろう? 他の女の子の顔は、ちょっと思い出さなきゃ分からなかったのに。
 握った手の向こう側を見る。
「あうぅ……」
 困惑しきった表情の西崎さん。昔と比べて……変わっているか変わっていないか、何故だかよく分からない。
 でも間違いなく彼女は西崎夢見だという確証が、その姿を見た瞬間に沸いてきていた。
 どういうことだろうか……?




「あー、やっと戻ってきたー」
「田村くん、向こうで何してたの?」
佐伯さんに森さんが側によって来る。
「何してたって、ちょっと迎えに行ってただけさ」
「迎えにって、誰を?」
「誰って、ほら」
俺は隣にいる西崎さんの方に目を向けた。
「……?」
不振な表情を浮かべる御両人。もしかして、顔とか忘れちまってるのかな。
「ほらっ……て? 誰?」
「またまた冗談きついなぁー佐伯さん、仲良かった様に見えたけどな」
「いや、田村くんホントに何言ってるのか分かんないって。迎えに行ったって、誰もいないじゃない」
「は?」
 誰もいない?森さんの指摘に、俺は再び視線を隣に向ける。
 ……いや、普通に西崎さんの姿がそこにはあった。
「いやいや、何言い出すかと思えば。ここにいるじゃんか、西崎さんが」

「!?」

『西崎さん』、その単語に過敏に反応する二人。
「……田村くん、今、何て?」
「何って?いや、普通にここに西崎さんがいるって……」
「ゆ……夢見……夢見……」
「え……?」
森さんの様子がおかしい。
「夢見、夢見っ、うわぁぁぁぁぁぁん!!!」
突然その場に泣き崩れる森さん。
「夢見……夢見っ、ひぐっ、夢見ぃー!!!」
「え、ええっ?」
「幸子っ!!」
佐伯さんはとっさに森さんの隣にしゃがみ込み、その肩を抱く。何がどうなっているのか分からず、俺はただただ狼狽する他無かった。
「夢見……」
「幸子っ、しっかりして!! 幸子っ!!」
そして佐伯さんは、さっきまでのおっとりした表情からは信じられない鬼の形相で、俺を睨みつけてきた。
「田村くん、言っていい冗談と悪い冗談があるわよっ!!」
「じょ、冗談って何だよ」
「夢見が……夢見があたかもそこに居るようなこと言って!!」
「あたかもって、そっちこそ何言ってんだよ、居るじゃないかここに」
「まだ言うつもりっ!?」
佐伯さんは勢いよく立ち上がり、俺のシャツの胸倉を掴んできた。
「それ以上言ったら本気で許さないわよ!!」
その迫力に思わずすごむ俺。だがその目には、溢れんばかりの涙が溜まっていた。
「そんな……くだらない冗談で夢見のこと言わないで……」
「えっ……?」
ふっとシャツを掴む力が緩み、佐伯さんはそのまま俺の足元にへたり込んでしまった。

「お、おいっ、何やってんだよ田村ッ!!」
異変に気付いたのか、小川がこちらに駆けつけてきた。
「何って……、こっちが聞きたいくらいだよ」
「どういうことだ?」
「いや、急に二人ともが泣き出してしまって」
座り込んでいる二人を見る。そして、そんな二人を悲しそうな眼差しで見つめる西崎さん……
「そこに居る西崎さんを紹介したら、急にこういうことになってな」
「何? ……お前、今何って言った?」
「いやだから西崎さんを紹介したら泣き出して……」
「西崎って、お前っ!!」
その瞬間、俺は腕をガシッと掴まれていた。
「お、おい、ちょっとなんだよっ!?」
「いいからこっち来い!!」


 小川は俺を無理矢理引っ張って、二人が座り込んでいる場所からやや離れた所に連れてきた。
「な、何なんだよいきなり……」
「もう一度聞く。お前、今さっき何と言った?」
「何って、だから西崎さんが居るって」
「……お前、自分が何言ってるのか分かってるのか?」
「え?」
「それをわざわざ仲よかったあの二人の前で……お前、最悪だぞ」
「最悪って、俺はただ西崎さんが居るって言ってあげただけじゃ…」

「んな訳ねぇだろ、西崎さんは去年交通事故で死んでんだから!!」

「え……」
交通事故……?
「小川、今、何って……?」
「ん、……あ、もしかしてお前んとこには連絡行ってなかったか?」
「連絡……?」
ふぅ、と一呼吸置いて小川は話を続けた。
「去年のちょうど今頃か。西崎さん、通学途中にトラックに轢かれて亡くなったんだよ」
「!?」
「その様子じゃ今初めて知ったって感じか。初耳だったらそりゃ驚くわな」
「冗談……じゃないよな」
「残念ながら。んで小学校当時の連絡網を使って話が回って来たんだけど、そういやお前んち引っ越して電話番号も変わってたんだよな」
「あぁ……、でも電話が回ってこなくてもお前経由で話は回ってくると思うけど」
「……取り立てて話題にしたい話題でもないし、俺の方からも言ってなかったんだと思う」
「……」
 静かに、そして淡々と話る小川。
「……さっき、森さんが20キロ痩せたって言ってただろ」
「あ、あぁ」
「家がうちの近所だから知ってるんだけど、彼女、西崎さんが死んだことのショックで痩せたんだ」
「えっ……」
「小学校からの大親友が突然亡くなってさ。それで一時期拒食症に陥ってたらしい」
「……」
「佐伯さんも森さん程はいかないまでも、そのショックは大きかっただろうしな」
 シャツの胸元に残ったしわを見る。あの時の佐伯さんの形相……、そして崩れ落ちた時の涙。
「あの二人の前で、西崎さんの話をするのはタブーだ。せっかく立ち直ってきてると言うのに」
「……」

「で話を戻すが、お前、何で西崎さんがそこに居るなんて言ったんだ?」
「何でって、現にそこに居るから言っただけだが……」
 佐伯さんたちの方を見やる。しゃがんでる2つの人影に、あと一つ、確かに人影が見受けられる。
「……いや、森さんと佐伯さんしかいないよな」
「そんな筈ないって、ちゃんともう一人いるじゃんか」
「いやぁ……」
何度も目を凝らしながら3人の居る方を見やっている小川。
「田村、お前って霊感とか強い方か?」
「いやぁ、そんなこと聞かれても分かんないけど……」
「……ふぅ」
先程と同じく、一つ息をつく小川。
「お前がそんなくだらない冗談言う奴じゃないってことは分かってる。でも、俺にはその西崎さんの姿は見えないな」
「そんな……」
じゃあ、今あそこにいる彼女は……
「……って、アレ?」
視線を彼女らの居る方へ戻すが、そこにはしゃがみ込んだ二人の姿しかない。
「……いない?」
西崎さんの姿は……どこだ?
「え? いないってお前、さっき居るって言ったじゃんか」
「いや、居るんだけど居なくなってて……、あっ!」
 いた。
 彼女の姿を先程のブランコのところに確認すると、俺の足は勝手に動いていた。
「って、おい、田村!?」




 キーッ キーッ
 鉄が擦れる音を上げながら、ブランコは小さく揺れていた。
「……田村くん、花火、やらないの?」
「あぁ、さっき男子連中と遊びつくした」
俺は彼女の隣のブランコに座った。
「……ゴメンね、そのシャツ」
「え?」
「ほら、襟ぐりの所」
言われてシャツの襟を見下ろす。さっき、佐伯さんに思いっきり掴まれてしわになってしまっていた。
「恵ちゃんを怒らないであげてね。あの娘、本当はいい娘だから」
「……」
ここからではグラウンドの様子はよく見えない。
「だから、私はいいって言ったのにさ……」
自嘲気味に笑いながら、そうつぶやく彼女。
「……ひとつ聞いていいか?」
「……うん」
俺はブランコから降りて、彼女の目の前に立った。
「……君は、誰だ?」

キッ
ブランコの揺れが止まる。
「……私は、西崎夢見だよ」
「んな訳ないだろ!? だって、彼女は一年前に死んだんじゃ」
「うん、私は一年前にトラックに撥ねられて死んだ」
「……」
じゃあ、今ここにいる彼女は……
「田村くんの想像通りだと思うよ」
「!?」
俺の……想像通り……

「私ね、幽霊さんなの」

 西崎さんは、さらっと、まるで人事のように軽くそう言った。
「……と言っても、自分でもよく分かんないんだよね。気がついたらここにいたって感じで」
「気が付いたら…?」
「うん。確か交差点で大きなトラックに轢かれて、それで病院のベッドに寝かされたところまでは覚えてるんだけど……」
 キィー
 再びブランコがゆれ始める。
「そして視界がだんだん暗くなって……長い夢を見てたって感じかな。真っ暗、ただ真っ暗な夢を」
「真っ暗な夢……」
「そして、目が覚めたって言い方は変かもしれないけど、そうしたらここにいたの」

「ねぇ、田村くん」
「ん?」
「私、本当に死んじゃったのかな……?」
「……」
 確かに、今こうして話している西崎さんが幽霊だとは、到底信じられない。
 でも……
「……みんなには私は見えてないんだよね」
 呟き。
「でも、俺にはちゃんと見えてるけど……」
 そう、俺には彼女の姿がはっきりと見えている。では彼女が幽霊だと言うのなら、何で俺にはその姿が見えるんだ。
「……それは、私が望んだからだよ」
「えっ?」
「私が田村くんに会いたいって思ったから、その願いが通じたんじゃないかな。だから、田村くんには私が見える。そう考えたらロマンティックじゃない?」
「ロマンティックって……」
「病院のベッドで暗闇に落ちていく直前、ある人の顔が浮かんだんだ。それが……田村くん」
「えっ……?」
 俺の顔が……最期の時に?


「あ、それって……」
「ん?」
西崎さんの視線は俺のズボンのポケットに向いていた。そこからは、先程突っ込んでおいた線香花火の柄がはみ出している。
「あぁ。……ほら」
「線香花火……」
 俺はその2本の線香花火を取り出した。一掴みほど入れ込んだと思ったんだが、さっき走った時に落ちちまったのか。
「……やる?」
「え?」
「いや、一応この集まりの主目的は花火なわけだし。こんなちんけな物でよかったら、花火する?」
そういって俺はその1本を彼女に差し出す。
「え、あ……うん」
戸惑い気味な笑みを浮かべて、花火を受け取る西崎さん。
「じゃ、火点けるぞ」
 その先端に、これも先程受け取ってきたライターで火を点ける。
 チリチリチリチリ……
 小さく火花を散らし始める、西崎さんの線香花火。続けて俺も、自分の花火に火を点けた。

「さっきの話だけどね」
「ん?」
花火のほのかな光に照らされた、西崎さんの口が開く。
「私も、何であの時……田村くんの顔が出てきたのかなぁーって不思議に思ったんだ」
「あ、あぁ……」
「うん。で、今日どういうわけか分かんないけど田村くんに会えて、その理由が分かった気がするんだ」
「理由?」
「私、田村くんが好きだったんだなぁーって」
「えっ……」
「今こうして私がここにいるのも、最後の最後に初恋の人に会いたいなって気持ちがそうさせたんだと思う」
最後の最後。
「こんな姿になってから言うのも卑怯だと思うけどね」
「……」
 チリチリチリチリ……
「でも、こうして逢えて、好きって言えてよかった。もうこれで思い残すことはないよ」
「西崎さん……」
「……最後にお願い、いいかな?」
「?」
恥ずかしそうに顔をうつむけながら、こう言った。
「私のこと、名前で呼んでくれないかな」
「……」
彼女の名前。生きてる時に、俺にこう呼ばれることを夢見ていた、名前。
「……夢見」
「うん……ありがと」

 ポトッ

 二人の線香花火の玉が同時に地面に落ちた時、そこに彼女の姿は、もう無かった。




「ったく何勝手にいなくなってんだよ、田村」
「小川……」
グラウンドから走ってきたと思われる小川が、俺の後ろに立っていた。
「さっさと戻らないと始められないだろ、花火」
「え?」
……始められない?
「何言ってんだよ、花火もとっくの昔に始めただろ?」
「はぁ? 今みんな集まったって確認したばっかりなのに始める訳ねぇだろ」
「え……?」
今、集まったばかりだって……?
「あぁー!! お前何勝手に一人で花火してんだよ!!」
「え?」
「え? じゃねぇ、その目の前の線香花火の燃えカスは何だ? ったく一人でやって楽しいか?」
「いや、1人じゃなくて……」
「あーもう言い訳はいいからさっさと戻る。油断も隙もないんだから……」
そうブツブツ言いながら、グラウンドの方へ戻っていく小川。
「……何なんだよ、いったい」


 夢。
 ふと頭に浮かんだ単語。俺は……夢を見てたのだろうか。

「夢見……」

 そうつぶやいた俺の足元には、線香花火の燃えカスが、1本だけ転がっていた。